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信州味噌

信州味噌
長野県の重要な食品工業。明治以前の信州では、どこの家でもみそを自給していたが、維新後、転勤の多い官員が先々へみそ桶を持ち歩くわけにいかないところから、みそは工業化に向かった。1877(明治10)年ごろ上田町寺田修敬の造るみそが「寺田味噌」と呼ばれ、すでに東京方面に移出され、1912(明治45)年には、諏訪に味噌製造組合ができた。昭和恐慌下には岡谷地方で倒産した製糸家が一挙に14件もみそ醸造に転換、その発展に拍車をかけた。しかし決定的な発展は第二次大戦後で、戦争中に長野県農業会が、軍からまわされた豆で軍事用乾燥みその製造を一手に引き受け、県の全業者が下請けをしていたため、終戦直後、他府県業者の蔵が空なのに、県下の各みそ蔵には原料の大豆が山と積まれており、それが発展を導いた。1950(昭和25)年には長野県味噌工業協同組合連合会を結成、共販制の断行に成功して、その団結ぶりが全国の業界を驚かせ、たちまち1万の販売店網を全国に実現させた。1955年には、他に類例をみない「信州味噌」の団体商標を設けて販売拡大戦を展開、ついに全国消費量の30%を供給する「信州味噌」の名を築きあげた。その後は次第に自由販売に移行したが、1959年には信州味噌研究所を創設、酒とならんで、県食品工業の柱となった。
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[ 2008/05/17 ] | 信州味噌 | CM(0) | TB(0)
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